企業買収における行動指針

経済産業省が半年間の議論をまとめて、6月8日に広く意見募集を始めた。この「企業買収における行動指針」は買収・合併の考え方や手順を分かりやすい言葉で説明している。 経営陣や取締役は買収提案を受領した場合、速やかに取締役会に付議または報告する事が求められる。当たり前の事が当たり前に行われてこなかったのが日本市場だったのかもしれない。

「あるファンドからの非公開化提案を聞いた社外取締役が、自らの地位が危うくなりかねないと恐れ握りつぶした。」そのような事例もあると報道されている。

行動変容を促す施策による日本市場の更なる改革と日本企業のオープンな企業風土の醸成に期待したい。スチュワードシップコード、コーポレートガバナンスコード、PBR1倍割れ企業に対する行動改革の要請、そして企業買収における行動指針。当たり前の理屈を「文字」にして企業の行動変容を促す事がこれからも必要であり、今後のM&Aの更なる活性化に期待せずにはいられない。(千)

 

資本効率が問われ始めた日本の上場企業

東京証券取引所は2023年春からPBR(株価純資産倍率)1倍割れのプライム市場、スタンダード市場の上場企業に対して改善計画の開示を「強く」求める。PBRは企業価値を表す指標の1つで、企業が持つ純資産に対して、市場が付けた価額(時価総額)が何倍あるかを見る。

大日本印刷は2月10日に発表した中期経営計画で資本効率の改善に向け株主還元を強化すると明言、PBRが過去10年で一度も1倍を超えたことはないが、PBR1倍超を目指すという次期中期経営計画の発表が功を奏し、一時前日比18%高と急騰した。同業の凸版印刷も一時10%高、PBRが0.3倍の神戸製鋼所や0.5倍の日本板硝子など、割安株の上昇が目立った。

大日本印刷の株安については「なぜこれほど競争力の高いビジネスを持つ優良企業の株が信じられない安値で放置されているのか」複数の関係者によると米アクティビストのエリオットマネジメントは1年以上にわたる詳細な調査を経て大日本印刷の株を取得したという。大日本印刷の変身には、2つの外圧が強く影響したのは間違いないと思われる。アクティビスト投資家のエリオットの株式取得と、東証の新方針だ。

東証によると、2022年7月時点で東証株価指数500構成銘柄のうちPBR1倍割れの企業の比率は43%と米S &P500種株価指数の5%や欧州ストックス600の24%よりも圧倒的に多い。以前から集めた資金を有効活用できていない上場企業が多いとして投資家から問題視されていたが、東証が改善計画の開示を強く求める方針を示したことで日本企業の資本効率に対する取組みは新たなフェーズに移ったといえよう。

株式市場での負け組にならないためにも、日本企業は事業ポートフォリオの変革を始めたとした様々な取組みを通じて収益性を向上させつつ、不要と思われる非効率的資産の売却などを通じた資本効率の向上を目指していく必要性に迫られている。(千)

 

過去最高件数の日本企業によるM&A

2022年に日本企業が関連したM&A件数は前年比1%増の4304件となり、過去最高だった2021年の4280件を超えた。金額ベースでは、前年比32%減の11兆4356億円とマイナスとなったが、日本企業同士のM&Aでは4兆59億円と同26%増えた。

 最近のトレンドとしては非中核事業や子会社を切り離す「カーブアウト」と呼ばれる案件。主力事業に経営資源を重点投下する一方、経営資源を割り振る重要度が低い非中核事業を売却するケースが特に上場企業で多くみられた。具体例としては、日立製作所による米投資ファンドKKRへの日立物流の売却やオリンパスの工業用顕微鏡などを手掛ける科学事業が米ベインキャピタルへ売却されたケースなどである。このトレンドは2023年も継続するものと思われる。

経営資源を振り分けるなど適切な投資ができない事業については必然的に競争力は落ちる。こうなっては、企業もそうだが、日本経済そのものの地盤沈下につながる。競争力が無くなり誰も見向きもしないような業績になってからでは買い手が付くことはまず無い。有望な買い手候補がいるうちに非中核事業と定めた事業は適切に売却し、事業ポートフォリオの再編を通じて競争力を高めていくことが日本企業には求められている。(千)

 

円安やコロナ支援終了による企業倒産の増加

円安による原材料高や燃料費高騰などの影響で倒産がじわじわ増えてきている。

東京商工リサーチは、8月4日に発表した東京都内の7月の倒産件数が前年同月比15.3%増の98件だったと発表した。8月5日の日経新聞によると、同社はコロナ禍や更なる円安など経営リスクが収束する気配が見えないとして、今秋以降に更なる企業倒産が増えるとみている。

 コロナ禍対応の為に政府が実質無利子・無担保融資の「ゼロゼロ融資」を実行した為に延命している中小企業も数多く存在すると思われるが、そのゼロゼロ融資も2022年9月末で終了する事が決まっている。

 東京商工リサーチの常務取締役情報本部長の友田信男氏は、7月21日の日経産業新聞の中で「低金利の融資に慣れた中小企業にとっては利払いが重くのしかかり、コロナ禍が長引くにつれ、時代に合わなくなったビジネスモデルを脱せない企業の倒産が増えてきている」と指摘している。

 急速な変化に対応できず、時代に合わないビジネスから脱却できない企業は経済が正常化しても業績回復は難しい。

一時の延命策としてゼロゼロ融資などの政策も必要だが、中小企業はそもそもビジネスモデルを根本から変える事は資金面や人材面の観点から難しい。国が率先して経営者が倒産や廃業ではなく、M&Aや事業売却などの選択肢を第一に模索できる支援策や社会の変化に合わせた新陳代謝を生む環境づくりなどの根本的で本質的な仕組み作りを行う事が必要である。(千)

 

円安とM&A

日本企業が関わるM&Aの件数が減少に転じている。2022年3月は前年同月比4%減の450件と1年2ヶ月ぶりに落ち込んだ。特に、日本企業による海外企業の買収が減っている。これは、円安やロシアのウクライナ侵攻による将来不透明感の高まりが主な原因である。日経新聞によると、国内企業同士の3月のM&Aは362件と同3%減にとどまる一方、海外企業の買収は同16%減の49件であった。

資源高や戦争による不確実性の増大、円の価値の低下など様々な要因から企業がM&Aに費やす資金を絞る可能性が高まっているといえよう。しかし、ロシアリスクや中国リスクを考えた時にビジネス依存度を下げていくことは喫緊の課題であるが、東南アジアやその他の地域への投資を行っていくにしても円の価値が低下していては投資にも及び腰になってしまうという側面もある。各企業は慎重かつ迅速さが求められる難しい経営判断の局面に入っている。(千)

 

専制主義国家における事業リスク

今回のロシアのウクライナ侵略は日本企業に短期と長期で課題を突きつける。目先はロシアでビジネスを続けるかどうか。長期では中国が仮に似た行為に出た場合に中国ビジネスをどうするかという岐路が待つ。

ロシアのウクライナ侵攻から1ヶ月が経ち、3月24日時点でロシアに進出する主な168社の内の約2割の日本企業の37社がロシア事業を停止・縮小した。原材料の調達先をロシア以外に切り替えるなど供給網を見直す動きも出てきた。

目先の利益だけを盲目的に追求するビジネスモデルではなく、その国及びその国の企業と合弁で本当にビジネスを行っていくべきなのかまでしっかりと見極める必要性が今回のロシアによる侵略により浮き彫りになったと言える。

 ただ、3月24日の日経産業新聞によると、この後に及んでも目先の利益だけを考えているように思われる発言をしたのが電気事業連合会の池辺和弘会長(九州電力社長)で、「日本は島国でエネルギー資源に乏しい。なのでロシアへの経済制裁は慎重に議論すべき」だと発言した。

資源に乏しいのは間違いないが、経済制裁の有無を議論するのではなく、国の重要なエネルギー資源の与奪権をロシアのような専制主義国家に握られていたままでは日本にとって明白な安保リスクだという点を再認識して、ロシアに依存しない体制づくりを議論すべきであって、同会長においてはこれだけのリスクが発現したのだから発想の転換が必要だということが指摘されていた。

さらに、3月26日の日経新聞では、社長100人アンケートで中国による台湾侵攻など「台湾有事」に聞いたところ「懸念が大いに高まる」(7.4%)「多少高まる」(56.8%)と合計6割を超えていると報道されている。

日本人、日本企業は事あるごとに検討することが好きのようだが、同じ専制主義国家で多くの日本企業もビジネスを行っている中国対して危機感を持ち、どのように対応するのか懸念を抱くだけではなく、予め答えを用意しておくべきだ。(千)

 

カーブアウト、スピンオフとスピンアウト

カーブアウトは大企業や中堅企業が親会社からの出資や支援や、ファンドなどの外部組織から投資を受け、技術や人材など事業の一部を外部に切り出し、新会社として独立させて事業価値を高める経営手法である。2つの手法に大別される。

近時では武田薬品工業の事業を一部切り出したファイメクスの設立や英CVCキャピタル・パートナーズによる資生堂の日用品事業の買収などが挙げられる。スピンオフとは親会社が事業を別会社として切り出す際に、親会社から出資を受けて独立し、資本関係を継続させる手法である。スピンオフの実質的な第1号案件は2021年の東芝による事業3分割と言われているが、それ以前には博報堂傘下のSNSマーケティングを手掛けるスパイスボックスが人材採用マーケティング支援事業を2018年にスピンオフさせたNo  companyなどが挙げられる。ちなみに米国では1990年代から欧州でも2000年代には一般化しコングロマリットの解体などに多用されている。

 スピンアウトとは技術やビジネスアイデアを持った社員が、事業の発展を目指して退職し、それを基に起業する場合がスピンアウトに当たる。こちらは親会社と資本関係を継続させず、完全な独立企業とする方法。また、不採算事業を分社化し売却される例もある。ブリヂストンが防振ゴム、化成品ソリューション事業の売却がそれに当たる。

一方、DeNAは社員の独立やスピンアウトを後押しする第3のキャリアパスを用意している。DeNAの場合は2019年に設立したベンチャーキャピタルを通して社員が立ち上げたスタートアップに出資・投資する形をとっている。このような人材が起業に成功すれば、DeNAは投資のリターンも得られるし、提携先としたりM&Aしたりといったチャンスが広がる。

スピンオフやスピンアウトという経営手法ひとつとっても日本と海外の間には20~30年遅れという大きな時差が存在している。このような手法が更に日本でも受け入れられて、必要な事を当たり前に行う事ができるビジネス環境の醸成や経営者の思考の変化により一層期待したい。(千)

M&AのDDにも人権侵害精査

これからの時代は買収先の人権審査も必要になってくる可能性が高い。米中摩擦などを背景にした規制強化や、社会や投資家の意識の高まりを受け、企業価値の影響度が増しているためである。国際的なM&Aを手掛けるネルス・ハンセン外国法事務弁護士は『まさに今日、環境問題や人権問題は企業価値に直結する。リスクを事前に把握し、買収価格に反映させたり、案件の是非を判断したりする為にESGの観点からの精査は必須』と話す。

 パナソニックにおいても2021年4月に公表した、米ソフト大手のブルーヨンダーの完全子会社化案件でもESGの観点を踏まえたコンプライアンス精査には通常以上に力点を置いたとの報道がある。

 しかし、クロスボーダーの案件で、対象企業からさらに国を跨いだ子会社のあらゆる調達網まで買収時に確認するのは難しい。対象企業の順守体制の確認や調査会社などを通じてリスクの程度を把握し、『法令違反はない』という表明保証を売り主につけさせるしかないのが実態だ。(千)

 

翻弄される日本企業とアクティビスト

2021年3月末時点で世界のアクティビストが持つ日本株は3兆8300億円と5年で2倍以上となった。きっかけは「日本の制度改革が進んだから」と米アクティビスト関係者は話す。しかし、多くの日本企業は、株主価値最大化のために黒字事業さえも売却するといった株主資本主義のドライな思考にはまだ免疫ができていないのが実情である。

アクティビストに狙われる企業は少なからず過去の成功にとらわれ、稼いだキャッシュを抱えたまま事業モデルが色褪せていることが多い。アクティビストとの対話で十分に折り合えず、ときに極端な株主提案を突きつけられる背景には企業自らが株主のほか、債権者、従業員といった利害関係者に響く成長ストーリーを描いていないという実態もある。

政治主導で企業統治改革が進む日本に対して香港のアクティビスト関係者は「攻略が難しかった日本が突如として『開国』してくれた」と表現する。経営側はこのように今後もアクティビストが日本で活動してくることを前提に「株主はものを言うのは当たり前」と認識を改めるべきで、各上場企業が主体的に変革を進めていく必要がある。(千)

 

親子上場問題

日経新聞によると、日本は子会社も上場する企業が突出して多い。上場企業のうち他の上場会社の株式の30%以上を保有する割合は米国の0.89%や英国の0.20%に対して、日本は10.73%だ。

 子会社が上場していれば、独自の資金調達がしやすく、知名度を生かし人材採用の面でも利点がある。一方で親会社の利益を優先すれば子会社の他の少数株主の利益を損ねかねない。改定されるコードでは子会社の取締役会に最低3分の1から過半数の社外取締役を置き、親会社との利益相反を防ぐよう求める方向で、企業に投資家保護と説明責任を求める。

 コーポレートガバナンスコードが日本に導入されて6年が経ったが、ガバナンスコードの形骸化の発端とならないためにも、企業側が親子上場の必要性について説明責任を果たさなければいけない。(千)