MBOにおける公正なTOB価格とは

一般的に経営者が大株主にいる場合、大株主と一般株主の利害が対立するMBOにおいて日本でも健全なMBOが求められている。太平洋工業は2025年10月下旬、MBOに伴い実施されているTOBの価格を1株あたり2919円に変更すると発表した。7月に発表した2050円から大幅な引き上げである。複数のアクティビスト(物言う株主)からPBR1倍以下でMBOするのはおかしいと反発し株を買い増す中、対応を迫られた。

 そもそも買い手の小川社長(太平洋工業社長)が交渉の過程で最初に提示した価格は1600円という。これと比べると2919円は、82%も高い。一度MBOを発表したため、後に引けなくなった面もあるだろうが、買収総額は約1100億円から約1600億円まで膨らみ、借入金も増える。その返済は重くのしかかると指摘されている。

 豊田自動織機やソフト99コーポレーション、マンダムのMBOも価格面から同様にアクティビストの標的となっている。成立させるにはTOB価格を引き上げるしかない。

 「今後不可欠な改革を実行すると、短期的に利益や株価に悪影響を及ぼし株主に迷惑をかける」と。ほとんどのMBOを実行しようとする現社長達は上記のような理由を掲げる。改革を主張する以前にそもそもMBO価格の点で一般株主に迷惑を掛けるべきではないし、市場関係者からは「非公開化しないと施策を完遂できない」との理由に冷ややかな意見も多い。まずは経営者の思考改革が必要とみる。 

足元で増加しているMBOは「本当」の理由を語っているだろうか。まさか、口うるさいアクティビストや社外取締役から解放されたい、との思いから決断している訳ではあるまい。日本の株式市場がより成長し健全な姿になるまではまだまだ時間は掛かるかもしれない。(千)

Web3、暗号資産、ブロックチェーン関連への投資増加

次世代技術への投資は特に米国が進んでいる。トランプ政権下による米証券取引委員会が行っている規制緩和や中央集権型ではない分散型ネットワークが次世代の主流になるとの見方から様々な米国企業がブロックチェーン企業への投資を行っている。

日経速報ニュースアーカイブ(9/18)によると、暗号資産はブロックチェーンが分散型ネットワークを維持し、ガバナンスを機能させるうえで不可欠だ。ブロックチェーンを使う金融取引の実用例が増えていくと、イーサリアムやソラナが重要な役割を担っているとの認識が更に増えてくると指摘されている。

 日本企業でも次世代の巨大な潜在市場を獲得しようと動き出している企業がある。マネックスグループである。マネックスの松本会長はトランプ政権下で暗号資産にかつてないほどの追い風が吹くと話し、次世代インターネットWeb3企業を3~4社買収する計画を持っている。投資の財源としては2024年12月に米ナスダックに上場した傘下のコインチェックグループの株式を活用する。

日経新聞によると、具体的には株式交換によるM&Aに活用したり、人材獲得の際の株式報酬といった手段を想定し、更に暗号資産市場に流動性を供給したり、暗号資産の資産管理を手掛けたりする企業やコインチェックの機能強化を目的にした買収を想定しているという。米国ではS&P500種株価指数の構成銘柄に米ネット証券大手で暗号資産の取引サービスも手掛けるロビンフットマーケット、暗号資産交換所大手コインベースグローバル、暗号資産を活用した決済サービス手掛けるブロックが加わった。今回は採用が見送られたが世界最大のビットコイン保有企業であるストラテジーも今後は加わるとの予測もある。

 この世界的な潮流は間違いなく加速していくと見込まれる。日本においても金融庁を中心した規制緩和や税制改正なども含めた議論の加速を期待したい。(千)

 

変わる株主総会

2025年6月27日に3月期決算の上場企業の25%にあたる約560社が株主総会を開いた。その内、113社に株主提案が行われた。前年比24%増という数字である。 

ガバナンス改革下での総会では株主がトップへの反対票を通じ経営に「ノー」を突きつけるようになった。かつて無風だった株主総会が変わりつつある。

一方で、低賛成率の企業は、危機感からか数年後に株価が上昇する傾向にある。実際に三菱電機は不正検査問題が響き、漆間社長の22年総会での賛成率は58%にとどまった。自動車機器事業の分社化を決めるなど構造改革を進め、経営資源を成長分野に集中した事によって株価は22年総会から1年で35%高、足元では2倍強になった。

 大林組は23年ー24年の総会で大林会長、蓮輪社長(当時)の賛成率が8割を下回ったが、24年3月期に配当基準を引き上げたことで2025年5月に上場来高値をつけた(6月28日日経新聞)。

 資本効率の悪化、稼ぐ力が弱っているリコーやコニカミノルタなど非中核事業の売却などを進めている企業もあるが、目先の株主還元でバリュー投資家からの圧力をその場しのぎで回避している上場企業もまだまだ多いのが実態だ。

腰が重かった日本企業については、散々先延ばしにしてきたノンコア事業の売却を中心に据えた本格的な構造改革を期待したい。それこそが真のガバナンス改革である。(千)

 

日立製作所の構造改革

2025年3月20日の日本経済新聞は日立製作所の構造改革とその後の企業価値について、以下のように伝えている。

日立製作所は2025年2月17日に時価総額が終値で初めて節目の20兆円を超えた。24年1月に10兆円を超えてから約1年で2倍に拡大した。構造改革にメドをつけて成長局面に入ったとの前向きな評価が多い。

日立製作所は2009年3月期に巨額損失を計上した事を機に、構造改革を推進し、川村隆氏から4代社長がバトンをつなぎ、成長基盤を整えてきた。2010年3月31日の年度末時価総額が1兆5800億円だった頃、22社あった上場子会社はゼロとなった。

非中核事業の切り離しだけでは企業は縮小均衡に陥るが、日立株を保有する海外機関投資家は「構造改革を有言実行したのは素晴らしい。その後は、次にどうするかが重要となる」と話す。日立製作所は構造改革を経て、エネルギー、IT、インフラ分野という成長事業への集中が明確になりデジタル銘柄になったとの評価もある。2025年4月1日からはデジタル部門を統括した徳永俊昭氏が社長に昇格し、前社長で副会長に就任した小島啓二氏は「日立の構造改革の旅に終わりはない」と述べた。

日立製作所の構造改革とその結果を最高の手本に、まだ実行力が足りていない日本企業は構造改革を推進することが急務である。(千)

 

ノジマの異業種買収戦略

家電量販店大手のノジマは、業種の枠にとらわれないM&Aを推進している。パソコンのVAIOに加えて、FX大手やアニメ専門チャンネルにも手を伸ばした。

2025年3月期の売上高見通しは10年前の実に3倍だ。「困ったらノジマ」。M&A仲介会社や金融機関、ファンドは駆け込み寺と位置付ける。野島社長は「嬉しい事。どんどん案件を持ってきて欲しい」と歓迎する。買収の基本方針は「当社にない部分や弱い部分を補えるか。可能性を感じるか」どうかで、100社中3社程度は手を挙げるという。田島穣顧問も「ノジマ以上にM&Aの判断が速い企業はない。社長はスピード重視の即答スタイル。相手も交渉しやすいのでは」と自負している。

 しかし当然失敗もある。00年代を中心に規模拡大のため相次ぎ買収したが、11年までに十数社を売却・解散・吸収合併した。資本業務提携したスルガ銀行は経営方針の違いから22年に全株を売却した。そのような失敗を経て学んだ1つが「買収先の経営者や社員の愛社精神を見極める事。失敗した際に自分の責任と捉え、取り返そうとする愛社精神のある人間は結果を出すし、会社を辞めない」と言い切る。

そして異業種買収では思わぬシナジーを生む事もある。横浜アリーナで開催されたアニミックス共催のアニメ音楽イベント「アニマックスミュージアム」約1万人のファンの心をわしづかみにしたのが物販コーナー。来場者は物販コーナーが充実していると評したが、公式グッズのTシャツやベースボールシャツはノジマ傘下の通販大手セシールと開発した商品などが並ぶ。結果、Tシャツ生産量は前年比で5割増えた。今後もノジマから目が離せない。(千)

 

伸び悩む日本企業のROE

2025年3月期のROEは8.6%と前期から1.2ポイント下落と2年ぶりに下がる見通しだ。これは、東証プライム上場の3月期決算企業の約1000社の推計である。ROEは10%以上が優良企業と言われているが、米S&P500種株価指数の構成銘柄では約20%に達し、8%台で推移する日本企業との差は大きい。

私自身も上場企業のアナリスト向け決算説明会には度々参加しているが、企業が掲げるROE目標は「8%」と無難な目標を掲げる企業が多いのが実情である。正直なところ5年前から言っている事が変わっていないのが肌感覚としてあるのは残念な点である。分子である利益を拡大してROEを高めることは大事な視点である事は事実だが、日本の企業はこれまでその点だけを重視してきた側面が強いと思う。

国内市場は人口減少による縮小や、規制改革がなかなか進まない保守的な経済的土壌がある中、利益だけを追い求める経営ではジリ貧になるのは目に見えているし、それが更なるROEの低下に繋がるのは火を見るより明らかだ。国内市場の活性化のためにも多すぎる企業の合従連衡型のM&Aや、設備投資、人材投資などにもっと資金を振り分ける戦略の転換が企業に求められている。それを後押しする為の政策に着手し、その推進を政治に求めたい。(千)

 

同意なき買収

経済産業省が昨夏に出した企業買収における行動指針により、日本企業がタブー視されてきた同意なき買収に挑み始めた。具体的には、2023年9月のニデック(旧日本電産)による工作機械メーカーのTAKISAWAへのTOBを皮切りに最近では物流の丸和ホールディングスによる同じく物流大手C&Fホールディングスへの提案、第一生命ホールディングスによる福利厚生サービス提供のベネフィットワンへの提案、ブラザー工業のローランドDGへの提案等がある。

 この中で成功したのはニデック、第一生命の2社である。株式価値の最大化という上場企業が求められる本来の目的に対して、M&Aを通じたこのような取り組みにおいて、M&Aという手法は健全な姿に発展しつつあるが、憂慮すべき点もある。

 ブラザー工業は買収失敗後に以下のようにコメントを発表した。「M&Aで日本経済の活性化、社会の発展に貢献する思いがあった。M&A市場は健全な姿に発展しつつあるが、そうした歩みが後退してしまわない事を願う」ブラザーは従前の5035円というMBO価格を上回る1株5200円でTOB提案をしていたが、ローランド経営側が5370円での再提案をした事によりブラザーは撤退した。

ローランドの田部耕平社長らはテレビでブラザーに買収される懸念を繰り返し訴えていた。

経産省のM&Aガイドラインにおいては買収対象会社の経営陣はTOBの提案を真摯に検討する事が求められており、特に市場株価を上回る価格の提案の場合、それを否定するのであればその理由を合理的に定性・定量的にも株主に説明する事が被買収側の経営陣には求められている。

 より健全なM&A市場へと発展していくには、ローランドのケースのように感情論だけで片付けるのではなく、ガイドラインに沿った然るべき対応が増えていく事が求められる。

株価、資本効率の向上に向けた取り組み強化への更なる圧力

三菱UFJアセットマネジメント、ニッセイアセットマネジメントはPBR1倍未満の企業に対し、株主総会で代表取締役社長の再任に反対する声明を出した。公募投信で90兆円程度の国内株を組み込む運用会社で議決権行使を厳しくする動きが広がれば、上場企業の経営改革が更に進む可能性がある。

株主、投資家にとって望ましい傾向である。これまで各々の企業の主体性に頼っていた結果が、非効率な経営を行っている現在の大多数の日本の上場企業を生み出した可能性は高い。

 最後に、これは私の主観ではあるが議決権行使などの実力行使を持ってでもしない限りこの国の上場企業は変わらないと思っている。今、日本の上場企業にはこのような外部からの圧力が必須であると感じている。

 

親子上場問題

東京証券取引所は12月に親子上場に関して対象企業となる1000社超に上場子会社を持つ意義や、子会社の独立性確保の為の取り組みなどについて情報開示の拡充を求めると発表した。「親子上場」は、親会社が企業グループとしての利益を優先する事で子会社に不利益になるような経営を進めても、子会社の少数株主がその決定を覆すのは難しいなどの問題が指摘されている。

少数株主の利益を脅しかねない親子上場には相応の説明責任を求め、市場全体の魅力向上に繋げるということが根底にある。親会社側には、子会社を持つことになった経緯や、それらの上場を維持しておくことの合理性などの説明を求める。子会社の役員指名プロセスへの関与方針や、役員の選解任議案での議決権の考え方なども示す必要がある。

子会社側には、グループの事業ポートフォリオにおける自社の位置付けを示し、グループ会社間で資金管理をしている場合にはその意義の開示を要請する。上場各社は取り組み内容を、東証に提出するコーポレートガバナンス報告書に記載する必要が出てくる。

日本市場の取り組みに対して海外マネーも注目している。「親子上場の解消」というテーマで日本株投資を長年手がけている、セクターアセットマネジメント(ノルウェー)運用責任者のトロンド・ハーマンセン氏は「日本企業が青写真とすべきなのは日立製作所だ。優先順位の低い事業の子会社売却で資金を手に入れ、優先順位の高い事業で買収して選択と集中を進めてきた。これが成功の戦略だ。」と話す。

 

しかし問題はある。東証によると、親子上場に厳しい目が向けられるようになり、上場子会社は22年時点で約260社と4年間で18%減少した。ところが、発行済株式の20%以上50%未満を保有する大株主を持つ上場会社は22年時点で約960社と、4年間で27%増えた。

こうした事実関係が東証が上場企業に開示拡充を求める背景になっている。PBR1倍割れ問題の解消や親子上場問題の解消など資本効率改善への取り組みを通じて市場の魅力向上を推し進めていく中で、取り組みを形骸化させないためにも上場企業はこれまでよりも積極的に行動する必要がある。

 

企業買収における行動指針の事例

工作機械メーカーのTAKISAWA(旧滝沢鉄工所)は9月13日にニデック(旧日本電産)からのTOBに賛同を表明した。ニデックはTAKISAWAの直近株価の約2倍の金額である2,600円を提示した。TAKISAWAの原田社長は「経済産業省の指針に沿って対応したら、賛同するしか答えは無かった」と話した。経済産業省が発表した指針に基づいた事例の第一号と言ってもいい。

目先の株価提示は被買収側や投資家にとっても判断がしやすいが、定量的な観点以外からも株主価値の向上に資する買収提案は必ず存在する。目先の株価だけに捉われず、より幅広い視点で株主価値向上に資するか判断するためにも、買収提案があった際には今後はより一層、反対・見送りという「経営陣自身の保身」の事なども考えた結論ありきの検討をするのではなく、経営陣が本気で聞く耳を持ち、真剣に株主価値に資するかどうかを判断する姿勢やマインドセットがより重要になってくる。

それも経営者の重要な仕事である。(千)